普通の世界に加えるスパイス

 作品全体としての完成度が高いかというと必ずしもそういう訳ではなくて、慣用句の使い方や言い回しも含めて、今後の成長の余地はあると思う。ただし、サブキャラを通じた緩急の使い分けと、その結果として主人公たちの間に生まれる空気感を読者に感じさせる文章は、上手いと思った。

 高校生の野々宮は人生に物足りなさを感じている。普通の良さは認めながらも、どこかで自分に刺激を与えてくれる存在を求めている。そんな彼の前に現れた1枚の紙。それには、殺しのレシピというタイトルと、プロバビリティの犯罪計画が書かれていた。
 殺しのレシピを彼の前に落としたのは、完璧な優等生の月森葉子。彼女の普段の行動からは窺い知れない昏い衝動に興味を覚えた野々宮は、彼女に探りを入れるが上手くかわされてしまい、そして、そのこと自体に愉しさを感じてしまう。そんなとき、殺しのレシピにあるのと同じ状況で、月森の父親が事故死するのだった。
 その後、月森に告白されるものの、殺しのレシピの件があるため、野々宮は素直に受けることはできない。だが、周囲からの冷やかしややっかみにイラつきを感じながらも、誰にも靡かない月森からの行為を受けることに愉悦を感じる自分がいることも自覚してしまう。そしてさらに新たな事件が起きる。

 才色兼備のクラスメイトから言い寄られるという状況は、一般的に言うととてもうらやましい状況なのだが、そこにたった一つ、殺しのレシピという要素を加えることで、状況は全く異質のものとなる。そこから野々宮と月森の生まれる感情も、恋愛感情と名づけて良いものかどうか分からない。そんな風に、普通の状況に異物をポンと加えて、不思議な世界を作り上げている。
 しかし逆に、何人かのサブキャラが登場しながらも、彼らはあくまで二人の間の空気感を作り上げるためだけの存在に過ぎないのではないか、という疑問もある。これは作品を作り上げる上で必要な措置なのかも知れないが、人間に対する捉え方としては寂しいとも感じた。

   bk1

   
   amazon

   

間宮夏生作品の書評