他人のためには取り戻せるのに自分には取り戻せない大切なもの

 日暮旅人は他の人に見えないものが見える。それは声であり匂いであり味であり感触である。彼は視覚以外の五感を失った代わりに、他の感覚を目で見ることが出来るのだ。彼はその能力を利用して、誰かの大切な探し物を見つける探偵をしている。
 彼の娘である百代灯衣が通う保育園の保育士である山川陽子は、ある日、子どもの頃から大切に持っているキーホルダーを失くしてしまう。そこから、旅人と彼の能力、そして彼が関わってきた事件を知っていくのだが、その先には彼女に関係のある事件も待っているようで、というお話。

 探偵ものだけれど、アクションもなければ、この巻では犯人すら登場しない。現れるのは、何かを大切にしてきた人と、その大切なものだけだ。旅人はその大切なものを大切に思う人の手に取り戻していく。
 また、ある意味では、保育士の日常を描く物語と言えるかも知れない。この、陽子が働き、灯衣が通う場所、というだけだと思っていた保育園が、旅人の目的にとっても重要なものになっていくのは意外だった。
 初めは短編で様々な事件が起きる物語だと思っていたのだけれど、何人かの依頼人が登場するのは確かながら、その背景には旅人と陽子に関わる過去の何かが横たわっている、長大な物語らしい。そしてその話は次に続く。

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山口幸三郎作品の書評