磁力と重力の発見 (1) 古代・中世 (山本義隆)

神の御許で

 本シリーズは、物理学史でほとんど省みられることがなかったという中世ヨーロッパの磁力観について、数々の文献による根拠を挙げながら、当時の思想的・歴史的背景を交えて解説している。第1巻では、古代ギリシャの近接作用とみなした磁力の思想から中世ヨーロッパの実験的検証による磁力の説明までが語られている。

 改めて考えてみると磁力は極めて不思議な力である。静電気力は引き寄せる対象を選ばないが、磁力はそうではない。鉄などの限られたものしか引き寄せないし、磁石同士でも引き合うかと思えば他方で反撥もする。このため、古代ギリシャ人は静電気と同じ論理で説明しようとして混乱し、磁石を”魂”を持つものとして分類する見方も現れたという。
 キリスト教が絶大な力を持つようになると、自然の原理を探ることは神への冒とくだ、という思想が蔓延していく。磁石の原理についても言及されることはなくなり、きわめて呪術的な能力を持つものとして、説明されていくことになる。
 しかし、イスラム世界との接触を通じて、古代ギリシャの思想が復興を果たすことにより、神学を裏付けるための自然学からの脱却が図られ、疑われることのない思想の伝承が廃れ、自然自体への探求が始まり、また、磁力の特異性から導かれた遠隔作用という概念がケプラーの法則を導く萌芽になったという。

 物理を研究している人は、新しいことを何も生まないということで物理学史を軽視しがちであるが、思想の歴史を振り返ることで得られる発想があるかもしれないし、純粋に学問として、物理学史から導かれる歴史観・哲学観があると思う。
 ボクのつたない概略では全く偉大さが伝わらないと思うので、哲学や歴史に興味のある人や、大学で物理を学んだ人には、だまされたと思って一読していただければと思う。忙しいときには無理かもしれませんが、きっと損をしたとは思わないと思います。

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