剣から心へ:受け継がれるもの

 『伝える』という行為は時間を超越するための一つの手段だと思う。かつて伝承や技術を後世に伝える主要な方法は口伝や徒弟制だったが、活版印刷が再発明されると、その役割は書籍に代わる。しかし、書籍は当初の内容を変質させることなく伝達させることが可能である一方、誰かが意図的に伝えようと思った事柄しか伝えられないという欠点もある。そして、読み手がその書籍から真に迫る情景を受け取ることができないとしたら、口伝や徒弟制によって自らの体に染み込ませられた情報量を超える事が出来ないかもしれない。だから、何十年も経つと、同じ場所で戦争が起きたりしてしまうのだろう。

 本書の中で、シド・ギーエンがレディ・キィとなったレイニーの運命に嘆いたり、アロマの半使徒となった深津薫を擁護したりするシーンがある。彼は嘘がつけるほど頭が良くないので、言っていることは真情だろう。だが、あと百年もしないうちに彼は世を去り、それによって彼の想いは失われ、彼らを化け物や裏切り者としてだけ見る視線が残る。一方でこんなシーンもある。千年前に、扉の向こうでレイニーが親交を持った領主ギアリーが、当時彼女のせいで恥辱を受けたにも拘らず、昔を懐かしんでレイニーを思い出すのだ。こう思うと、如何に心を受け継がせていくことが難しいのかを感じざるを得ない。
 レイニーと薫の、千年の歴史の中での一瞬の交わりは、十分に何かを伝えるに足るものであったのだろうか。それは今後の歴史が示すところだろう。堂々の完結。

   bk1

   
   amazon

   


貴子潤一郎作品の書評