もがいて浮きあがろうとする物語

 生まれてくる子供たちが感情を制御できない先天的特質を備えるようになって20年ほどが過ぎた。子供たちは自分で適合サプリと呼ばれる薬を調合しし、それを服用することで感情を制御する。
 サプリとは脳内麻薬を調整する薬だ。つまり、実質的に麻薬に等しい。このような環境は、彼らをして様々なサプリを調合せしめる状況を作り出した。単にトリップするための調合をする者もいれば、そうではない者もいる。後者の例がヴィークルと呼ばれるサプリだ。これを飲むことにより、適合者は自分の体を完全にマニュアルで精密操作することが出来るようになる。この適合者たちがは、ヴィークルライダーと呼ばれた。

 高校生の羽鳥哉視はヴィークルを用いたレースを行うライダーの一人だ。猿渡十弥、十条竹見、入洞清香、雪村勇士、隠霧をチームの仲間としてレースにデビューした彼は、レースの最中に一人のアーティスト、出雲ミクニと出会う。彼女は、自分の歌を歌うために、他の全てを切り捨ててしまっているような人間だった。
 あくまで非合法なヴィークルをメジャーな存在にするため、かつての恋人である土葵川徳子を影のスポンサーとして活動する哉視は、表のスポンサーとして、ミクニ知名度を利用したいと思うのだが、何故か彼女に嫌悪感を抱いてしまい、上手く接することが出来ない。彼の感じるイライラの原因は何なのか。

 設定的には色々とチャレンジングである気がする。ただ、相当にダークサイド寄りの割には明るい感じもする。
 サプリを使うことによって、これ以上ないほど自分を完全にコントロールできる能力を持っているにも拘らず、自分を根底から突き動かしているはずの喜怒哀楽はモヤっとした熱としてしか感じられず、何が自分を突き動かしているのかが分からない。
 世界から異常として排除され、押しつぶされそうになっている人たちが、もがいてもがいて浮きあがろう、引き上げようとしている。そんな感じがした。

   bk1

   
   amazon

   

うえお久光作品の書評