それぞれに分けられる役割

 クラスメイトの中条深月に片思いをしている的場百太は、彼女がつぶやいたレモン・クラッシュという言葉に興味を持つ。それは女子の間で広まっているという噂に関係しているらしい。友人の弓原千春や矢嶋万騎と共に、噂を追って訪れた公園で、彼は不思議な黒いコウモリの影を見る。
 その後、なぜか中条深月につき従うようになってしまった弓原千春を追いかけて、深月の中学時代の友人、宮下藤花や歌上雪乃と共に進んだ先で、彼らは世界の危機とそれと戦おうとする存在、そしてその結末を知る。

 自分でも本当はどうしたいのかよく分からない夢や希望。それは何かの影響を受けて変化したり、大きな障害にぶつかってついえたりもする。
 そんな瞬間瞬間に、様々な局面で浮かび上がってくる負の感情。これらは誰かに押し付けてまとめて消せたりするものではなく、一人ひとりが向き合って処理しなければならないものなのだろう。そうすればその先には新しい何かも見つかる気がする。

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上遠野浩平作品の書評

魔王の娘たちの事情

 旅の次の目的地である天空観測所に向かうアンジュとレックス、トモエの耳に、国境沿いの砦が魔王の娘に占拠されたという情報が入って来る。アンジュはレックスを説得し、魔王の娘アイネイアを倒しに行くことにする。しかし、道中、アイネイアを止めようとする魔王の末っ子のノェルと出会い、協力して彼女を止めることになる。
 さらにそこには隣国のピースメーカー・蛇蝎のジェイドも加わり、まさに呉越同舟という状況になってしまう。その中で明らかになる、魔王たちが人間の世界に侵略に来た理由とは?

 誰かを傷つけるのが大嫌いな勇者レックスとの旅の中で、アンジュは彼の考え方を理解する。そしてその結果として、彼女は彼に戦う理由を提示することができるようになるのだ。そこには、レックスを本当に理解していた少女ウェルチとの出会いが大きかったのだろう。
 世界の様々な状況が明らかになっていく一方で、この英雄譚はどこかのんびりと緩やかに進んでいく。

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志村一矢作品の書評

残された強い感情が引き起こす事件

 王弟リチャードに呼び出されたフォグは、煉術師ギルドを統括する組織・レキュリィの宴が彼を呼びだしていること知らされる。そこにいたのは、フォグと出自を同じくする、ローレン・エヌ・コーンフィールドが生み出したホムンクルスの妹だった。
 一方、アルトの前には、前回の事件で友だちとなり、そして自ら葬り去ったはずの少女キリエが現れる。彼女にも意外な正体があった。そんなキリエは、フォグに恨みを持つ煉術師イパーシ・テテスを蘇らせ、アイリス・キャリエルの生み出した魔剣の一振り、アイリスの4番を与える。
 キリエとイパーシ、それぞれが持つ他者への固執の念が、再び匍都に事件を巻き起こす。

 なくしたり振り払った気がしていても、人間の芯に残る記憶はあって、無自覚な行動を支配するのかもしれない。今回の事件の根底にはそういったものだろう。そしてもたらされる結果は、無自覚ゆえに深く突き刺さって、致命的なものになりやすい。
 こういったことを突き詰めて描きすぎると、陰惨になりすぎたりしやすいと思うのだが、今回は楽しめる範囲で止められていると思う。

 今回の事件は収まったけれども、その裏側で動いていた人物、そして今回の事件で壊れてしまった人物が次にどんな仕掛けをして来るのか。その目的は何なのか。まだまだ楽しめると思う。

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藤原祐作品の書評

初めての提案活動

 出禁になった社長の六本松の代わりに、スルガシステムの新人社員桜坂工兵は、業平産業という一部上場の大企業のDRサイト構築の提案依頼を受けることになった。右も左も分からない提案活動、頼みの綱の室見立華も技術寄りで営業は素人同然。そして本来なら弱小ベンダーが受注できる規模の案件ではないのだが、コンペに現れた大手ベンダーのあまりの見下した態度に、本気で提案をしかけることにする。
 実は提案活動もしたことがある姪乃浜梢の手を借りて、一通り提案書は出来上がるのだが、やはりそこは規模の小さな会社であり、大手に比べて価格競争力に欠ける部分もある。一度はあきらめかける工兵だが、父の言葉にヒントを見出し、ユーザー企業へ特攻を仕掛ける。その結果得られるヒントとは、そしてコンペの結果は?

 技術者が主役なので、大手SIerの技術の無さと見下しっぷりが強烈に描かれている。圧倒的に不利な状況から、何とか勝つためのヒントを手に入れ、そして自分たちの自尊心も満足させる回答を見出して戦いに挑むのが醍醐味となっている。そういうスッキり爽快感がある、現代の戦士の物語だ。

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夏海公司作品の書評

同種族ゆえにうまれるすれ違い

 ゴルォグンナ大陸東部に住まう有翼族、盲民族との同盟を成立させることに成功した有角族の女皇セレィは、アヌビシアの森を抜けて大陸中央部に進出することに成功した。そこに広がる平野部では多種多様な民族が放牧民として暮らしつつ、有角族のヘィロンが大首長として統括していた。
 大昔の別離から再会した起源を同じくする種族同士、そして一角の共鳴により相手の心情を読み取れるという能力のためもあり、互いの友好は確認できたと安心するセレィ。しかしそこには思わぬ落とし穴があり、大陸中央部西側の国を偵察に向かった導神クルァシンが不在の折、そのすれ違いの事実が発覚してしまう。

 そしてその危機とは別に、発展界からの刺客、神狩り部隊の増援が現れ、導神クルァシン不在のセレィを襲おうとする。それを防ぐため、元・大央聴のサーリャは本来なら彼がすべき仕事を、一人黙々とこなすことになる。

 大陸の3割の同盟を成立させ、順調に発展界への抵抗体制を築きあげつつあるセレィたちが今回対峙するのは、同種族である有角種の勢力。同じ性質、同じ価値観の二人は意気投合するのだが、実はそれゆえに他種族への姿勢に大きな違いがあることになかなか気づけない。
 対立し支配することが当たり前の価値観の中で、どうやって融和の精神を育成していくか。その難しい問題に、発展界からは遅れていると思われている世界の住民たちが、彼らが独自に築き上げて来た文化を以って向かい合う。

 さて肝心の導神クルァシンは、利用価値の高いエネルギー資源を発見してしまったり、新たなメタ・フィジクスと対決してしまったりするのだが、その結末は次巻に持ちこされる。

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宇野朴人作品の書評

思惑が交錯し作り出される現状

 聖教会配下のロンドロンド騎士団による虐殺を止めるために、アルカインやセロたちは魔族たちを助ける形となった。彼らが激闘を繰り広げる側では、南天将デルフィエと工人ナボールの対決も続く。
 六聖人の関係に配慮して戦闘に直接的に介入できない楽人シェリルたちだが、その配慮をあざ笑うかのように、竜人カルドラが介入してくる。そしてついに登場した魔族の主ウィスカと、セロやフィのとの関係が明らかになり始める。

 遥か昔の大罪戦争から引き継がれた因縁と、過去の研究者の業、そして不思議な力を持つ存在たちが絡み合って作り出された現在の状況が描かれます。物語は佳境に差し掛かります。
 ただ、今回は戦いの状況を複雑に作りすぎて、それを描写するテンポがあまり良くなかったかもしれないとは思う。次巻は今回に比べて何やら派手な展開になりそう。

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渡瀬草一郎作品の書評

受け入れてからの無敵の強さ

 31歳裸族、升田の家に居候することになった17歳女子高生、たえ子のツッコミ生活を描く。
 不幸な身の上に生まれながらそれを受け入れ、さらに居候先にいたのも変態という状況なのにもかかわらず馴染んでしまうというタフさがスゴイ。そして馴染んでからの立場の逆転!年齢差など何のアドバンテージにもならないとばかりの反転攻勢は、女子ゆえのスキルの高さと言えるだろう。
 変態生活の中にある優しさと日常を面白おかしく読める作品だと思う。

 同時収録は読切の3322。

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ヤマシタトモコ作品の書評